記録の大切さをいよいよ思い知っている。
パレスチナだけでなくあらゆる方面で歴史が消去されていく現代では、
映像にせよ写真にせよ、ドキュメンタリーで記録を残すという作業は重要だ。
特に勝者が歴史を作る現代では、被害の歴史はかき消されていく。
アフガニスタンでもイラクでも、
爆撃によってどれほどの一般人に犠牲者が出たのかわからないのは、
爆撃した側がその後その場所を占領したからである。
ナチスが勝利していたら、ユダヤ人虐殺もなかったことにされただろう。
パレスチナの村々の破壊と追放が長く表に出なかったのは、
やはり勝者イスラエルが、パレスチナの歴史を消し去っていったためだった。
それは地図からパレスチナの村々の名前が消えていくことを意味した。
もちろん歴史教育からもこの事実は消えていく。
歴史の上の抹殺でも、意識の上の抹殺でも、
そして肉体的な生命の抹殺という形にせよ、脅威を受けている場合には、
存在した証の記録を残すことがもっとも必要なのだ。
当時、良心的なユダヤ人たちもいて、パレスチナ人との共存を目指す努力も
さまざまにあったのだが、それらの記録もきちんと残さなければならない。
記録を残すこと、それこそが「共存」と「共生」の基盤であると思う。
そして私たちのしようとしている仕事だと考えている。
